私たちが日常的に幾度となく目にしたり、手に取ったりするもの、たとえばスマートフォンやテレビのリモコンなどは、意識せずとも使えるほどそれに習熟しています。しかしながら、それらのもの(事物)が目前にない状態で、事物のイメージを想起してみると、驚くほどに貧弱なイメージしか浮かんできません。本研究では、このような日常事物の想起について、複数の認知心理学的実験を行っています。これまでの成果では、実験参加者が単独で想起するよりも、他者とともに想起した方が記憶の引き出しに優れることが示されました。ただし、同時に、誤った想起も生じやすくなることも示唆されています(図1;千円札紙幣の想起の結果)。
記憶研究で社会に直結する分野には、たとえば事故や事件の目撃者が、その目撃情報をいかに引き出し得るか、といったテーマがあります。この目撃情報の想起において、複数の目撃者が協力して想起した場合には、他者が発する誤った情報をあたかも自分自身が体験したかのように想起(誤想起)してしまうことも報告されています。このことを記憶の社会的感染(social contagion)と呼ぶ研究者もいます。従来は、他者が提供した情報を見聞きすることによって、自身の想起に影響が及ぶことが示されてきたわけですが、本研究では、たとえ他者が新たな情報を提供しなくても、協力して想起作業に挑むだけで、自身の想起内容が変化する可能性を示しました。「他者との共同作業」それ自体が自身の記憶の引き出しに作用し、より想起しやすいマインドセットを作る可能性があります。
昨今、企業や教育現場で「協働」やコミュニケーションの重要性が強調されています。今後、他者とのかかわりそのものが自分自身の記憶、ひいては思考や創造的活動などに対する影響を考える方向へ展開できればと考えています。
社会生活を営む実際の環境に、記憶研究を適用すれば応用的な知見を提出できる可能性があります。たとえば米国の研究で、最寄りの消化器の場所を「思い出す」ことはできなくても、消火器を「持ってくる」ことはできる、と指摘した実験があります。これは日常事物に対するスキーマ(一般的な知識の集合体)を私たちが形成しているためである、と考えられています。とりわけ社会の安全性にかかわる事物をデザインするときには、スキーマをうまく利用することで、緊急時であっても私たちの的確な行動をより良く引き出すことに貢献できる可能性があります。
また上記テーマ以外にも、子ども向け科学教育やスマートフォンを使った情報教育での共同研究実績もあります。研究にご興味のある方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。
研究分担者として、2017年度科学研究費補助金 基盤(C)「自然災害避難呼びかけ文の効果的な言語的特徴の探求~より避難心理に訴えるには」(代表:小笠原奈保美)に参画。
ワークライフバランスを犠牲にすることなく、誰もがいきいきと教育研究に励める地域として、他県をリードする地位を築けると良いと思います。
主な講義のテーマ | 人の認知システム、データ処理 |
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担当講義名 |
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講義の概要 | 私たちの認知、思考や行動を、科学的な手法で考察しています。テーマは感覚知覚、記憶、注意から、デザイン、消費行動まで広く扱っています。アクティブ・ラーニング中心の授業では、実際に実験や調査を通じて量的データを取得し、分析、可視化して皆で議論を重ねます。データ取得のための実験計画法や統計ソフトRの技能を習得するための授業も開講しています。初年次教養教育では、Wordや、Excelを使った表計算手法など情報リテラシーの基礎を担当しています。 |
社会貢献できる関連分野名 | 認知工学、科学教育、情報教育、データ処理 |
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直近の講演会のタイトル | 心を科学しよう:注意の力、顔とコミュニケーション |